2019年1月13日 (日)

みか月新年句会

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朝から好天に恵まれて、そのお陰もあり近年では最高の27名という賑やかな会になった。尚徳大学の流れの中で出来た「まなびや川柳会」から初参加数人、他に「うぶみ」「ふうもん」からとお馴染みの完司さん、照彦さんにみか月からもいつもより多くの参加があった。新年会では毎年宴会(と言っても飲むのは2人ほど)が有るので題は3つのみ。今日の選者は、楓花さん(ふわり)、美ッ千さん(英雄)、完司さん(とんど)の3人。スムーズに進行して2時半から宴会に入った。昨年までは「鍋」だったのだが、今年は変更してカップの餅うどんとたこやきがメイン。各表彰のあと、ゆり子さんから掛け軸2幅と墨彩色紙の寄贈があり、当日の3才賞にさせて頂いた。1時間ほどで平らげてしまったので閉会とした。本日の入選句は
  「ふわり」  幸せがふわりと降りた掘炬燵
          春やがてふわりと降って来るだろう
  「英 雄」  包帯を巻くと英雄らしくなる
          サル山の英雄だけで満足だ
  「とんど」  善人に一瞬なったとんどの火
          細々と限界集落のとんど                ほか

2019年1月11日 (金)

初籠り

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1月11日は集落の年中行事の宮籠りの日。みか月大会の表紙にも使わせて頂いた加知弥神社に各戸が集い、1年の健康と無病息災等を祈る。僕が生まれる前からの行事である。祈祷を受けた後は籠り堂でお神酒を頂く。以前は一大行事のように賑やかだった。近くの小学校に通っていた我々は、昼飯時になるとみんながそこに行って、家族と一緒に食べた。大人は酒を飲みながらわいわい言っていた。集落の誰かが入院したときは、しんじん(多分「信心」)と言って集落がお宮にお参りしたものだ。この習慣はとっくに廃れた。とんどは1月14日に細々ではあるが続いている。これも一大行事だった。昔は、しめ飾りも家のあちこちに飾ったので、とんどさんには見上げる位の高さになった。書初めを火にくべて高さを競った。鏡餅を炙り焼けたみかんを持ち帰った。葬儀を自宅でする家も無くなったが、念仏は続いている。限界集落の悲哀である。せめて13日のみか月新年会は楽しくやりたいものだ。

2019年1月 2日 (水)

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昨年5月に植えたパッションフルーツだが、年が変わってもしぶとく実をつけてこの状態である。上手な人は1メートル位に切り込んで、室内で温度管理をして春に芽を出させるという事だが、昨年見事に失敗したのでもうやらない。もう一つはシイタケで、小指の頭ほどの物が沢山のぞいている。達人によると中旬には、開くとの事で楽しみの一つである。13日がみか月の新年句会でこれが今年のスタートになる。

2019年1月 1日 (火)

元日の我が家



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明治時代は中園村、そして勝谷村中園、昭和30年気高郡鹿野町中園となり、平成16年に鳥取市鹿野町中園となって現在に至っている。鳥取地震の時はまだ生まれていなくて、その後の鳥取大火は5歳の時なのだが、全く記憶にない。その後、小学1年か2年の頃だと思うが、年末の鳥取市「誓文払い」には毎年連れて行ってもらった記憶がある。新しい町並みが出来てすぐだったという事になる。必ず食べたのが「まねき」のうどん。確か素うどんは40円くらいだったかと。東部の人間で、「まねき」のうどんを知らない人はもぐりだと言われた程だ。ある句会で(いい味をしていた素うどんは「まねき」)と出したが選者が他所の人だったので没。
今日の中園は雪景色。30年位前が最盛期で100人を超えていたが、今は半分くらいではないか。しかも、限界集落である。米つくりも儘ならぬ状況にあり、色々と考えている人もあるが、決定的な打開策はない。結局この環境が川柳に影響している。川柳界全体といってもいいか。難しい問題ではあるが、努力をしなければと思う。因みに句集にある柿ノ木が見えるのが我が家である。

あけましておめでとうございます

今朝の気温は1度、残念ながら初日は見られない。今年は年男になる。この歳になると嬉しいという感じは余り無い。昨年1年間無事に過ごせたという感じだ。さてこの1年をどう乗り越えるかという感じだ。やはり今年も川柳に力を入れていく事になりそうだが、活動の殆んどは県内になりそうだ。全国規模での川柳作家の高齢化、それに伴う団体意識の希薄化は、川柳発展の大きな問題になっている。我が集落はずっと以前から限界集落になっている。川柳の現状とよく似ている。ただ川柳は、努力次第では若年層の取り込みも可能性があるが、それも余程性根を据えて臨まなければ難しい。この時間ようやく陽が差して来た。何となく頑張れるか。皆さま本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2018年12月19日 (水)

まなびや忘年句会

今日は「まなびや川柳会」の今年最後の句会の日。出席19人、投句1人は、この会としては多い方である。部屋が狭いので一部3人掛けとなる。和やかに楽しくというのがこの会のモットーである。初心者と言える人が多いので、川柳の全てを吸収するという意味から、選者、呼名係、採点係を毎月順番でやっている。中々スムーズにいかないのだが、これも勉強である。順調に進行すれば50分位余るので、この時間を勉強会に当てたいという思いがある。来て投句して、抜けて良かった落ちて残念で終わってしまっては、この会の意味が無い。殆んどが高齢者なのだが皆さんやる気満々である。閉会後は場所を変えて忘年会とはいかないが会食会となった。短時間ではあったが、楽しい時間であった。福引があったのだが、この手の類は当たった事がない。

2018年12月16日 (日)

没句供養川柳大会

理由あって写真が載せられないので文章だけになる。すみれさんと弘子さんを乗せて、9時15分頃鳥取に向けて出発。タイトルの通り、1年間に没になった句を供養する為の川柳大会という事で非常にユニークである。今回で37回目となる。この大会を思いついたのは今は亡き両川洋々さんで、うみなり川柳会の開けた後でそこに5~6人いたと思うが、僕もたまたま居た。何か面白い大会が出来ないだろうかという事で話がまとまったのである。まず読経の中、弔辞と参列者の焼香ではじまる。このスタイルは第1回から変わっていない。没句供養ではあるが、今日だけで2,500近くの句が没になってしまう。合掌。本日の入選句は
  「あと五分」  善人になれそうですよあと五分
  「使い捨て」  使い捨てされてミイラになりました
  「凶    器」  棒切れもホモサピエンスには凶器         ほか


  

2018年12月 1日 (土)

珍しく多忙

今週は毎日どこかに出ていた。と言っても川柳関係は、25日(日)の「うぶみ」と28日(水)の「まなびや」の二日間だけ。今日も今日とて、小4の孫が県発明工夫展で知事賞を受けるので出掛けた。こんな一週間は本当に珍しい。明日は又鳥取文芸の表彰式なので出席しなければいけない。生憎みか月と重なってしまったのだが、年間予定を組む時にうっかりしていた。今年もあと1か月。来年は年男である。 

2018年11月15日 (木)

会社OB会

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国民宿舎「山紫苑」は、永らくみか月大会の会場に使わせて頂いた。県大会をやった事もある。今日は、気高電機(株)OB会で、古株を中心に女性10人男性6人が集まった。僕が退職以来2度目の集まりになる。僕は2期生なのだが、1期生の顔も何人か見えていて懐かしい。しかし、お亡くなりの人も多く、一抹の寂しさが有る。僕が入社したのは昭和45年の事。以来、丁度40年間勤めて退職した。3人の子供を育てて、大過なく過ごす事が出来た。気高電機さんには感謝している。途中からカラオケで盛り上がっていたが、僕はカラオケもお酒も厳禁なので場が持てず、申し訳なかったが途中で辞した。

2018年11月14日 (水)

あすなろへ

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毎度お馴染みの喫茶「あすなろ」であるが、2時半頃に出掛けた。この時間帯は、カラオケの常連さんが歌っているのだが、歌う為ではない。舞鶴から来て山紫苑に宿泊予定のI.Hさんに会う為である。この人は、最近川柳塔の誌友になってくれたのだが、とにかく愉快な人である。舞鶴から神戸までカラオケの先生の所に通っている。一度聴いて欲しいとの事。好幸さんを誘ってあすなろへ。途中からこい子さんが合流。以前のI.Hさんは、後ろからネジを回さなければいけなかったのだが、今日聴いてびっくり!知らない歌手の知らない歌をずれる事なく歌っておられた。御年80数才にしてこの向上心は凄い。川柳もカラオケも着実に上達中である。僕はカラオケは止めているので、2曲聴いてから帰った。

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